日置流印西派体配

体配が定められた時代

拵弓(こしらえゆみ)について

昔の戦場では、弓の末弭(うらはず)に鉾(槍の穂先より小さめ)を、取りつけ直ちに槍として使えるようにしておくことがあった。これを拵弓(こしらえゆみ)といって直ちに槍として使うこともあった。また、打根を鉾として末弭に縛り付け槍として使うこともあった。

現代弓道で乙矢を取り矢しているのは、この打根を持って射る稽古の遺習である。

打根(うちね)とは、長さ一尺二寸から一尺八寸、直径六分ほどの矢の形をした武器であ る。先端には平三角で四、五寸ほどの槍穂先が付き、元には大小の羽根おのおの一対が付けられる。筈尻には紐が仕込まれている。戦国時代は主に弓兵が矢が尽 きたときや、白兵戦になったときに使用した。また、諸大名が参勤交代のときに、非常時に対する備えとして駕籠(かご)の中に置いていた。

元弭(もとはず)とは、弓の下の弦輪をかける部分

射手が坐作進退において上座に末弭を向けることは「鉾をむける」ことは、つまり上座いる主君に対して「反逆」の意をあらわすことになる。また、周囲の人に触れれば怪我をさせ、建物に当たればキズをつけることになるのである。ゆえに日置流印西派の体配は、坐作進退のすべてにおいて末弭の扱いに注意を要する。

体配は弓と射手の調和

要所を決めた美

体配と一体となった行射は、弓の取り扱いを主体とした動作である。                    その動作の要点を栄先生は「この間、次から次へと移り行く動作は、速からず遅からず、人に遅速の感を与えぬところが適度である。その動作の要所要所は明瞭に、動作と動作との間は滑らかに、円身をもって角立たず、いわゆる極まるところは極まり、速いところは速く、遅いところは遅く、法に従い、水の高いところより低いところに流れていくが如く、止まるところの見えないのが良い」と指導されている。

更に、修練を重ねて得られる体配と一体となった行射の型と心を「弓我一体となった境地」と指摘し、弓と射手とが調和した体配には、射手の品格が現れる境地であることを明らかにしている。射手の動作の円みと滑らかさ、要所を決めた動作の美しさが、日置流印西派体配の目指すところである。

体配動作の細部は射手の裁量  会員専用ページへ(体配)

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