また一人、貴重な栄先生の直弟子がお亡くなりました

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代官屋敷の弓道場

 

故 熊沢恵様

私の学生時代(昭和36年) 学校には道場がなく部員と共に浦上道場にお世話になっていました。その頃 熊沢様は道場の会計などいろいろなお世話をしておられた方なので、よくお会いしていました。ある同門会の大会の時、見かけることができました。その時の状況に私は本当に励まされました。と言うのも当時の大会では、日弓連の段が低い順に射を行っていました。私と同志0も段がありませんのでいつも学生の次の番でした。ある時私より前に熊沢様か控えておられました。足が不自由できっと段取りには参加されなかったのでしょうか、立派な方が臆せず堂々と、前におられたので驚きと励ましをいただいのを強烈に覚えています。それからしばらく後、ご連絡をいただき世田谷区の大会に来ないかと、お誘いをいただいて皆で参加させていただき、いろいろな射会を楽しませていただきました。その頃紅葉会のメンバーも大分増え団体を組んで参加できるようになっていましたので、私たちは「栄先生の教えだけを学びたいので体配も日置流体配で参加したい」旨をお伝えしたとこ、喜ばれて大いに結構だ!ここは日置流の本拠地だと言われて遠慮せずにやってくださいと嬉しそうに言われたのをよく覚えています。熊沢恵様は心から栄先生の教えを誇りに思っておられたのです。

上の右側の写真は「世田信」の新年射会に招待をいただいた時のものです。まだお元気で弓を引いておられました。私と同志0も代官屋敷の道場にご招待をいただき楽しませていただきました。道場の中には栄先生の古い写真や言葉が飾ってあり、私たちも嬉しくなりました。熊沢様は世田谷区で中心になって熱心に栄先生の教えを指導しておられたのです。(2番目の写真の背の高い外国の方はドイツ大使館の方で熊沢様が指導された方)ですから私たちが参加させていただいたときは本当に喜んでおられたのです。世田谷区の大会の時、日置流の人はたくさんおられたのですが日置流体配で行射を行う人がほとんどいないのは大変残念でした。ある人は日置流で弓を引くこと自体が「肩身が狭い」などと言われていた方がおられたのは大変大変残念でした。それほどまでに段取り競争の風潮が強くなっていたんですね。そうした状況の時に私たちがお邪魔して的突き的割を団体で行ったので熊沢様は大いに喜んでおられたのですね。新年射会が終わった後、代官屋敷の道場でお酒を振舞っていただき大変おいしかったのをよく覚えています。平成22年世田谷区(世田信)の60週年の大会を計画され神宮で行われました。そこでの立順も段は関係なく、矢渡しを行う人の段、称号の明記は一切関係ありませんでした。同門会の大会とは、かなり雰囲気が違っていました。当時の同門会の大会は3人ずつのグループで射位に立ち体配は3人で話し合って日弓連の体配か、日置の体配か話し合って行射を行うようにというものでした。当時日置で引いている人はたくさんおられましたが、日置流の体配が出来ない人が多くいたのを記憶しています。少し情けない気持ちでした。段取りを優先すると、どうしてもこうなるのでしょうね。私達稲城紅葉会はまず、日置流の体配を教え、ゆとりがあれば日弓連の体配を覚えるように指導しています。日弓連の体配も昔はきれいな流れの中での美しいものでした、丸みがあって大変良いものでした。跪坐した時の膝の高さも、ひと拳で自然なもので日本の武道らしい良い流れがありました。しかし上位の方が変わると、腰を伸ばして立ちあがるようになったり、肘を無理に張り、ぎこちないものになりました。さらに末筈を目の高さ上げ上位の方がおられるほうに向け、日置流体配で言えば反逆を表すような体配に変わっていきました。

こうして考えてみますと、日本の伝統ある弓術、体配がしだいに段取り競争の流れに侵食されるのは寂しいものです。弓、矢、弽、弦、色々なものが営利目的の他の業者によって浸食されて、先祖代々の日本の伝統ある職人技が維持できなくなっていく傾向が見られます。私たちはこのような傾向に飲み込まれないよう気を付けたいですね!

熊沢様から栄先生が、お元気な時におしゃったことを、いろいろお聞きし勉強になりました。

心の鏡を見なさい!

(これは栄先生の古い直弟子 故熊沢恵様から、お聞きした言葉です)
昨今、多くの道場には姿見などの鏡が当たり前のように設置されていることがよくあります。を見ながら引くと、引取りが楽で、なんだかうまく引けてるような気がすることがあります。しかし顔を戻して引くと今度はなんだか不安になって、又見る。と言った悪循環に陥りやすいですね。私も弱い人間の一人ですので、そのようなことが良くありました。しかしそれは決して良い練習とはいえないようですね!私たちは姿見を裏返して見えないようにして練習しています。そう言えば最近の体育館道場には、姿見が設置してあるところが多くありますが、なぜでしょうか?体育館側がその必要性について理解しているとは考えにくいですね?私たちは   心の中の鏡に自分を照らして練習頑張ります!

その後何度か、世田谷区の大会にお邪魔していましたが、何時もおいでになっておられた熊沢様の顔が見られなくなりました。その後、お亡くなりになったという話が入ってきて非常に非常に残念な思いを持ちました。また一人、貴重な栄先生の直弟子がお亡くなりました。私たちも最後まで全力を尽くして頑張ります。

 心の熱い人!来たれ!

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